「無視」戦略は、合理的? ~訴えられたのに無視すると危険~

弁護士 垂水祐喜(大阪弁護士会)
弁護士 垂水祐喜(大阪弁護士会)
2022/12/08

1 「無視」戦略は、合理的?


トラブルになっている相手から訴訟を提起されてしまいました!この時、あなたならどうしますか…?

ネット上では、「訴えられても無視しておけばいいよ」といった言説も見受けられます。

ただ、本当に「訴えられても無視しておけばいいよ」で済むのでしょうか?

確かに、「訴えられても無視しておけばいいよ」というネット上の言説も一理あるところではあります。意外と、「裁判に勝ったら勝手に裁判所がお金を回収してきてくれる」という勘違いをされている方も多いのですが、実際は裁判所が勝手にお金を回収してくれるということはありません。

勝訴判決を得た場合、こちらであらためて相手の財産を探し、強制執行を申し立ててお金を回収する必要があります。

2 強制執行とは?


強制執行とは、履行しなければならない状態にある債務(例えば、支払期限が到来した借金)が履行されていないときに、債権者の申立てにより、裁判所がその債権の内容を実現させる手続・方法のことをいいます。

強制執行には、

・直接強制

・代替執行

・間接執行

の3種類があります(民法414条1項)。特に、直接強制とは、その債務の強制的な履行を実現させる強制執行のことで、典型例は、金銭の給付(支払い)を目的とする強制執行において、債務者の財産を差押え・換価して債権者に配当する方法です。

強制執行を申し立てるにあたっては、債権者の方で強制執行の方法や差押えの対象を特定する必要があります。

そのため、債権者からしてみると、相手の持っている財産を調査して、特定することはなかなか難しく、「訴えられても無視しておけばいいよ」という言説に繋がっているのだと思われます。

3 民事執行法の改正


しかしながら、令和2年4月に改正民事執行法が施行され、従来より格段に相手の財産を把握することが容易になりました。

改正民事執行法の主な改正点は次の4つです。

・債務者の財産開示手続が使いやすくなった

・不動産競売で暴力団が物件を買い受けることを防止する方策が導入された

・債権執行についての改正

・子の引き渡しにかかる強制執行制度の創設

この記事では、特に財産開示の手続きについて解説をしていきます。

4 財産開示手続き


財産開示手続とは、強制執行の申立てを予定している債権者が、債務者本人もしくは第三者機関に対して、債務者の財産に関する情報の提供を求めることのできる手続です。

しかしながら、財産開示手続きは、

・仮執行宣言付き判決や支払督促・公正証書を債務名義とする場合の利用ができなかった

・債務者が財産開示に応じない場合の罰則が軽く、実効性に欠けていた

・債務者本人以外の第三者機関(銀行等)に情報開示を求めることができなかった

といった問題点があり、従来あまり利用されていませんでした。

そのため、改正民事執行法では、これらの問題点を解決する改正が加えられました。

①申立要件の緩和

上で述べたように、従来の財産開示手続きにおいては、仮試行宣言付き判決等では利用することができませんでした。しかし、今回の改正では債務名義の種類による制限は撤廃され、早期に財産開示手続きを利用することが可能となりました。

②罰則の強化

改正前の財産開示手続では、債務者が期日に無断で出頭しない場合や、虚偽の陳述や陳述それ自体を拒絶した場合であっても、30万円以下の過料が科されるに過ぎませんでした。

そのため、高額な財産が差し押さえられる可能性がある場合やそもそも債務を支払う意思がない場合等には、債務者が「過料を払った方が良い」と考える動機づけにもなってしまい、実際に、財産開示に応じない債務者も一定数みられました。

今回の改正においては、債務者が上記のような対応をした場合、6月以下の懲役または50万円以下の罰金という刑事罰へ引き上げることになりました。

これによって、財産開示手続きが申し立てられたにもかかわらず、期日に出頭しない場合には、刑事罰が課され、場合によっては逮捕、勾留される可能性があります。

③第三者からの情報取得手続きの新設

改正前の財産開示手続では、債務者本人からの情報提供という形でしか、財産に関する情報の開示を受けることができませんでした。

しかし、債務者が保有する財産の情報は、第三者機関(例えば、債務者が口座を置いている金融機関)が保有している場合も多く、今回の改正によって、財産に関する情報を保持している第三者機関に情報の提供を求めることができる制度が新設されました。

従来、弁護士会照会(いわゆる23条照会)を利用し、銀行等に対して、債務者が銀行口座を保有しているかどうか照会することは可能でした。ただ、23条照会では、一部の銀行については具体的に支店まで特定をして照会をする必要があるなど、必ずしも使い勝手のいい制度にはなっておりませんでした。

改正後の第三者からの情報取得手続きでは支店の特定は不要となりましたので、ある程度網羅的に銀行口座の有無について照会を掛けることができるようにもなりました。

5 まとめ


「訴えられても無視しておけばいいよ」といった「無視」戦略は従来の制度下では、一定の合理性があったかもしれません。しかしながら、改正民事執行法が施行された現在においては、債務者の財産を把握することが随分容易になり、必ずしも「無視」戦略が合理的とはいえない状況にあると考えられます。

実感としても財産開示手続きの申立ての依頼を受ける件数は増えているように思い、実際財産開示手続きを行った結果隠された財産が発見され、強制執行を実施し回収ができたという事例は多くあります。

また、一方で、「無視」戦略ではなく誠実に交渉した方が債務を減額することができ、最終的に債務者にとっても良い結果になったということはよくあります。そして、誠実な交渉による解決をより簡単に迅速におこなえる、オンライン調停(ODR)という新しい選択肢が世の中には登場しています。

欧米圏を中心に世界的な広がりを見せているサービスで、仲裁人や調停委員といった話し合いをサポートしてくれるプロフェッショナルが第三者として間に入り、当事者同士で話し合いによる解決を図ることを目指すものです。

ODRについてもう少し詳しく知りたいな、という方はこちらの記事も是非ご覧ください。「無視」戦略よりもより合理的な解決ができる可能性があるオンライン調停という手段があることも、是非皆さん知っておいて下さい。

Author Profile

弁護士 垂水祐喜(大阪弁護士会)
上場企業のメーカー法務部の勤務を経て、現在、中之島中央法律事務所にて執務中。使用者側の労働事件・契約法務をはじめとした企業法務をメインの業務とする。